【1魔術師】〜なぜ1歩踏み出せないのか?〜
こんにちは、patakoです。
今日は大アルカナ1番のカード、「魔術師」について愛月先生の講座で学んだことや、自分であれこれ考えたことを書いていきます。
私がこのカードについて勉強したとき思ったことは
なぜ私は魔術師のように、「ポンっとはじめの一歩を踏み出す」ことができないのかということでした。
まずは、カードの意味からまとめていきます。
■意味
このカードは
【自分のパッとした思いつきや、やりたいと思ったことを、目の前のものを利用して始めてみる】
という意味です。
■ポイント
〈1〉
この魔術師のカードでは、「判断」や「迷い」はありません。
「もし失敗したら?周りにどう思われるだろう?自分には出来ないんじゃないか」
などの思いはなく、
パっと何かひらめいたり、やりたいと思ったことを、ただやってみる
という世界観なのです。
赤ちゃんや小さな子どもを想像するとわかりやすいのではなないでしょうか。
〈2〉
もう1つのポイントは、自分の目の前にあるものを利用して始めることです。
カードでは、テーブルの上に4つの道具が置かれています。
魔術師はこの目の前にある道具を利用して、これから魔術を披露しようとしています。
「ここにないものを取り入れる」のではありません。
また、その道具の使い方や価値、善悪もここでは決まっていません。
何も決まっていないし、どうなるかもわからないけど、とりあえず始めてみる状況なのです。
■生命の木では
(生命の木については↓で解説していますので、よろしければご覧ください)
魔術師は、生命の木ではこの青線部分に当てはめらています↓
このことから、なぜ魔術師が上記の意味になるかがわかります。
魔術師は、生命の木の第4層「あらゆる判断を手放した無、生命エネルギーだけの世界」に位置しています。
そして、生命エネルギーがスポっと型に収まる部分のパスが魔術師なのです。
これは、エネルギーが「肉体」という制限、型に収まるということ。
そして同時に、変えることができない場の設定(自分の身体、両親、生まれた国など)も決まります。
つまり魔術師は、
天からエネルギーをキャッチし、その力を現実化するため、目の前にあるものを使って魔術を始めようとしているのです。
そこにどんな魔法をかけるかは、彼次第。
彼の中には、迷いや不安はなく、「さあ、やってやろう!」というエネルギーが満ちています。
■なぜ自分は魔術師のように一歩踏み出せないのか?
魔術師のように、何かやりたいことを思いついて、それをすぐ実行してみるというのは、私が苦手なことです🥺
そもそも、新しく何かしてみよう!と思いつくことすら、大人になってからはほとんどなく.....(「趣味がないこと」が悩みの1つでした)
夫は新しいもの好きで、どんどん新種の家電や日用品を取り入れようとするのですが、「なんとなく現状を変えたくない」私は、ちゃんと検討することすらせず、頭から拒否していました。
「ちょっと行ってみたいかも」と思うカフェやご飯屋さんがあっても、「行ってみて、微妙だったら嫌だな」「せっかくお金払うなら、絶対に美味しいところがいい」と思い、少ないレパートリーのお店をぐるぐる回り、外食にも飽きてくる日々。
「何か新しいことを始める」ハードルがとんでもなく高くなっていました。
魔術師のカードが苦手な人は、
・完璧主義、理想が高すぎる
・「〜でなければならない」、自分の失敗が許せない
という傾向が強いそうです。
でも、生まれた時からそんな考えを持ってる人なんていませんよね。
私も子供のときは、あれこれ考えず、頭に浮かんだアイデアをわくわくしながら実行していました。
(今の私からは考えられませんが、小学生の時、友達とグループを結成してオリジナルのダンスをクラスメイトに披露していました🕺)
人は成長する中で、「社会」に出ていき、そこで様々なルールや価値観を教わります。
(タロットでは、4番「皇帝」と5番「教皇」の世界観です。)
その時に、「私」というものがちゃんとある状態で、社会と関わり、色んなものを取り入れていければいいのですが、
自分に自信がなかったり、自己肯定感が低い状態で社会と関わっていくと、
「社会の価値観やルール=自分」
になってしまいます。
そして、社会で認められるために「〇〇でなければならない」と必死に良い子になり、それがやがて当たり前になった時、
内から沸いてくるエネルギーが少なくなっていたり、その存在に気付けなくなっていたり、思いはあっても一歩踏み出すことがとても難しくなっているのです。
私の高校は、かなりハードに勉強することを求める進学校だったのですが、
当時、面白そうなドラマや読んでみたい本があっても、「そんなことに時間を使うより、勉強しなければ。」と、そうゆうものを切り捨てていました。
そして大学に入ってやっと自由な時間ができた時には、勉強以外に何をすればいいかわからない状態に....
ここ数年で少しずつ趣味と呼べるものができてきましたが、
魔術師のカードを学んでからは、より強く、少しでも自分の中に湧いてきた「これ面白そうだな」「これやってみたいな」という気持ちを大切にしよう、心の火を絶やさないようにしようと思うようになりました。
このブログを始めたのも、私の中では大きな一歩です。
自分から何かをアウトプットすることが怖くて、これまで一度もSNSで発信したことがない私。
タロット講座を受け始めて、自分でノートをまとめながら、ふと「これをブログに書いてみたらどうかな?」と思い付きました。
そしてすぐに、「自分のブログなんて誰もみてくれないだろう」「そもそも上手く書けなさそう」「ひどいコメントがきたらどうしよう」
といつものようにストッパーがかかりそうになりましたが、
魔術師のカードを思い出し、
「とりあえず、何も考えず、ただ始めてみよう」と、一歩踏み出しました。
(実際に踏み出してみると、どうやってまとめるか、どうしたらわかりやすく伝えられるか、記事を書くことに必死で、自分が心配してたあれこれを忘れていました。案外そんなものかもしれないですね😳)
以上、魔術師についてのまとめでした☆
次回は、2番のカード「女司祭」について書きたいと思います!
ではまた😎
生命の木とは?〜patakoのざっくり理解〜
ウェイト版タロットには、「生命の木」の理解が欠かせません。
なぜなら、このタロットは生命の木を基にしてロジックが組まれたカードだからです。
しかし本格的に学ぶにはかなり難解な内容なので、ここでは生命の木初心者のpatakoが学んだざっくりとした知識を書きたいと思います。
■そもそも「生命の木」って何?
「生命の木」とは、カバラ(ユダヤ教の中で生まれた神秘主義思想)を理解するために用いられる図のことです。
こんなの↓
10個の●と、22本の線(パス)で出来ています。
■タロットとカバラの関係
もともとタロットは、カバラと何の関係もありませんでした。
しかし19世紀半ば、カバラの生命の木のパスの数と、タロットの大アルカナの数がたまたま同じ22枚であることから、この2つを関連づける試みが始まりました。
そうしてできたのが、私が勉強している魔術系と言われているタロットです。
魔術系タロットの中でも最も有名なものが、イギリスの魔術結社「ゴールデンドーン(黄金の夜明け団)」のメンバーだったウェイトにより作成された、ウェイトスミス版タロット。
ウェイトは、それまでのタロットにカバラの思想を取り入れ、その思想に基づき絵柄を変更し、新たなタロットを作成しました。
なので、このウェイト版タロットを理解するためには、カバラ(生命の木)の理解が欠かせないのです。
■タロットにおける生命の木
とはいえ、もともとのカバラにおける生命の木は、ユダヤ教の神秘主義思想によるものなので、宗教色が強く、考え方にもなじみがありません。
そこで私が習っている愛月先生の講座では、このカバラを日常で使えるように、
人間が生きている中で、色々なレベルでものを感じたり・考えたりする意識のマッピング
として使います。
■生命の木4つの層
まず、人間が生きている中で感じるものの見方、感じ方を生命の木を使って4つの層に分けます。
〈第1層:ただの現実〉
ここは、ありのままの現実です。
例)「木」「コロナが流行っている」「友達と会った」
※「素敵な木がある」「コロナが流行って心配」「苦手な友達と会った」などはただの現実ではなく、自分の見解が入っているので少しニュアンスが違います。
〈第2層:無自覚な思い込み、ものの見方〉
この層では、⑦「感情」・⑧「思考」・⑨「無自覚」により、自動的に自分のものの見方が作られています。悩み事が生成されるのもここです。
そしてそのものの見方を通して、第1層の現実を見ているのです。
〈第3層:自分の無自覚な思い込みに気づく〉
第2層→第3層への上昇を「ヴェールを超える」と言い、無自覚だった自分のものの見方に気づいていく段階です。
「ヴェールを超える」と言われているのは、この第3層以降は、普段の日常(第1、2層)からは見えない深い内面の世界だから。
そして2層→3層へと超えていくには、「内観」が必要になります。
この層で中心的な役割をするのは⑥「自覚」。
これは、自分の思い込みやとらわれを自覚し、俯瞰したところから自分自身をみることのできる真の自己を表します。(スピリチュアルのハイヤーセルフや、ヨガ哲学のアートマンなどはここのことを言っているのではないでしょうか。)
自身の囚われから脱したことで、④「新たな可能性」や、⑤「目的・意志」を持ちます。
〈第4層:あらゆる判断を手放した、無の世界〉
この第4層は最も理解が難しい、「無」の世界で、「深淵」とも言われています。
ここは、なんだかわからない生命エネルギーの世界です。
(①「生命エネルギーの源」から→②へと力が降りていき→③ではその力が型にすぽっと入ります。)
人はなぜ生まれて、なぜ死ぬのか、HOWは科学で解明できても、WHYは絶対にわかりません。
第3層で、自分のとらわれから脱し、新たな可能性や目標を持ったけれども、
結局のところ人間って「わからない」「無」である。
そんな禅問答のような世界です。
■生命の木の上昇、下降を繰り返すことで自分の文法が変わってくる
第2層:「あの人が苦手」という悩み
↓
第3層:自分の無自覚な思い込み、判断に気づく
↓
第4層:あらゆる判断を手放す
↓
このプロセスを通った上で、もう一度「あの人が苦手」という悩みを再考察すると、
自分の中の文法が変わっていくため、違う現実が見えてきます。
以上が、patakoの学んだ生命の木のざっくり理解です。
これからこの知識を基に、大アルカナ1枚1枚のカードの勉強をしていこうと思います。
ではまた!
タロットを本格的に学んでみることにしました
はじめまして、patakoです。
夫と2人暮らしで、普段は事務のアルバイトをしている30代です。
最近本格的にタロットを勉強し始め、カード1枚1枚について勉強していく中で、これまでの人生や自分自身を「カードの世界観」を通して考えるようになりました。
ここにはその勉強の過程と、あれこれ考えたことを書いていきたいと思います。
今回は、「そもそもなぜ本格的にタロットを勉強しようと思ったのか?」についてお話しします。
きっかけは、ある日見た夢でした。
ある日「魔女にタロットカードを1枚引かされる」という夢を見ました。
魔女に協力してなにかをしていた私。魔女がタロットカードを取り出して、「この中から1枚ひいてごらん」と言い、私はさっと1枚引き抜いた....という夢です。
タロットは、小学生の時に1度、親に頼んで買ってもらったことがあるのですが、
あまり子ども向きの絵ではなかったので、カードへの興味もなくなり結局一度も占ったり遊んだりせず、やめてしまいました。
(ちなみに当時買ってもらったのはこちらのタロット↓)
その後は、例の夢を見るまで、タロットとは無縁の生活を送っていました。
とても印象的な夢だったので、知人に話したところ
「引いたのはどんなカードだったの?」と聞かれました。
実は、どんなカードを引いたのか、覚えてないのです。たしかに1枚、魔女の持ってるカードから引いたのですが.....
そんな会話をした後から、タロットが気になり始め、試しに1デッキ購入することにしました。
購入したのは、ウェイトスミス版のタロットカードです。
届いて初めてカードを見た時、そこに描かれている不思議な人物たちと、たくさんの意味深な場面にすぐ心を奪われました。
「ここに描かれている意味を知りたい!」と思った私は、初心者用の本を購入。
しかし、それらの本にはカードの絵についての詳しい説明はなく、占った際に当てはめるキーワード中心の内容がほとんどでした。
その後、レイチェル・ポラックさんの「タロットバイブル」「タロットの書」に辿り着き、
・カード1枚1枚にとても深い意味があること
・カード同士の関係や配置によっても多様な解釈ができること
・そしてその解釈にはユング心理学などの、人間の自己実現の過程を当てはめることができること
を知りました。そして、私の購入したウェイトスミス版のカードは、魔術系タロットとも呼ばれていて、カバラ(神秘学)の「生命の木」を基に作られているカードであり、実はしっかりと勉強しないと使いこなせない難しいカードであることを知りました。
もともと人の心理に興味があり、中でもユング心理学が好きだったため、タロットと心理学が繋がりとても嬉しかったです。そして今度はタロットの方面から心理について学んでみたい、タロットをもっと深く掘っていきたいと思うようになりました。
そんな中、タロット講師愛月先生のYoutubeを発見。
愛月先生の
「タロットは、吉凶を占うために使うのではなく、人の悩みの根本にアプローチするために使う」
というスタンスにとても惹かれ、
「人は自分の無自覚な思い込みによって現実を見ている。タロットには22の世界観があり、偶然出たカードの世界観から現実を見ることで、自分の思い込みやこだわりに気づくことができる」
というお話しを聞いて、先生のもとで本格的に学びたいと思い、動画講座に申し込んだのでした。
ここでは、先生の講座を受けながら、学んだこと・考えたことをあれこれ書いていけたらと思います。
よろしくどうぞ!